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東京高等裁判所 平成5年(行ケ)13号 判決

愛知県春日井市下条町1丁目11番地の14

原告

エヌ・ディ・シー株式会社

同代表者代表取締役

永井利和

同訴訟代理人弁理士

西山聞一

名古屋市千種区希望ケ丘1丁目8番22号

被告

丹羽孝人

同訴訟代理人弁護士

大場正成

鈴木修

矢部耕三

深井俊至

同訴訟代理人弁理士

橋本正男

主文

1  特許庁が平成3年審判第753号事件について平成4年11月25日にした審決を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨

2  被告

(1)  原告の請求を棄却する。

(2)  訴訟費用は原告の負担とする。

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「複合シートによるフラッシュパネル用芯材とその製造方法」とする特許第1088393号の発明(昭和52年12月29日出願、昭和56年7月20日出願公告、昭和57年3月23日設定登録、以下「本件発明」という。)の特許権者であるが、原告は、平成3年1月14日被告を被請求人として、特許庁に対し、その特許請求の範囲1ないし6項記載の第1発明(以下「本件第1発明」という。)について、無効審判の請求をしたところ、平成3年審判第753号事件として審理された結果、平成4年11月25日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、平成5年1月21日原告に送達された。

2  本件第1発明の要旨

概ね等角等辺の山形に屈曲させた同一形状の多数の複合シートを並列しかっ相互に接着してセル構造を形成したフラッシュパネル用芯材であって、前記複合シートの各辺はそれぞれ概ね1/2の部分が隣接する複合シートと接着され、かつ残りの概ね1/2の部分が自由担持状態にあるように互い違いにずらして接着されていることを特徴とする複合シートによるフラッシュパネル用芯材(別紙図面1参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件第1発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2)〈1〉  請求人(原告)は、本件第1発明は、次の3つの理由により、特許法123条1項の規定に該当し、無効とされるべきものである、と主張する。

イ. 本件第1発明は、本件出願日前の特許出願であって、当該特許出願後に出願公開された昭和52年特許登録願第82353号の願書に最初に添付された明細書又は図面(昭和54年特許出願公開第17983号公報参照、以下「引用例1」という。)に記載された発明と同一であるから、特許法29条の2の規定に違反して特許されたものである。

ロ. 本件第1発明は、本件出願日前頒布された刊行物である昭和50年特許出願公開第27876号公報(以下「引用例2」という。)、昭和50年特許出願公告第24534号公報(以下「引用例3」という。)、昭和49年特許出願公開第5919号公報(以下「引用例4」という。)、昭和40年実用新案出願公告第8774号公報(以下「引用例5」という。)、昭和27年特許出願公告第4346号公報(以下「引用例6」という。)、昭和27年実用新案出願公告第9689号公報(以下「引用例7」という。)、昭和42年実用新案出願公告第16807号公報(以下「引用例8」という。)、昭和29年特許出願公告第2200号公報(以下「引用例9」という。)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明し得たものであるから、特許法29条2項の規定に違反して特許されたものである。

ハ. 本件第1発明は、主に現場における施工能率を向上させるべく、現場における展張が容易であり、かつ、一旦展張された後はその展張状態を良好に維持することを目的としたものであるにもかかわらず、本件第1発明は、かかる目的を達成するための必要不可欠な構成が発明の要旨中には何の記載もなく、また、既に展張された状態である完成品タイプの場合も発明の要旨中に含めているから、特許請求の範囲に、発明の構成に欠くことのできない事項のみが記載されているとは認められない。

すなわち、山形の屈曲部に何の構成も有していないから、発明の詳細な説明の項に記載された従来技術と同じであり、展張状態を良好に保持し得るとの効果を奏するとは認められない。

また、アルミ板のような複合シートでは、一旦折り曲げてしまうと元に戻らなくなるし、一枚の厚手のラワン板合板のような場合は、折り曲げてしまうと切断されてしまい実施不可能であるから、特許法36条5項の要件を満たしておらず、同条同項の規定に違反して特許されたものである。

〈2〉  被請求人(被告)は、請求人の主張は、いずれも理由がないと主張する。

〈3〉  当審の判断

イ. について

引用例1には、「一定の間隔により平行な折目を多数本設け、多数本の折目のうち一本置きの折目の一側に折目に沿って糊代部を形成してなるペーパーコア用シートを多数枚設け、第1枚目のペーパーコア用シートの糊代部に接着剤を塗布し、第2枚目のペーパーコア用シートの多数本の折目のうち一本置きの折目を第1枚目のペーパーコア用シートの糊代部側の折目に対して糊代部の幅の分だけ一側にかっ平行に位置をずらして第2枚目のペーパーコア用シートの裏面を第1枚目のペーパーコア用シートの糊代部に接着し、以下上記の工程により第3枚目以上の各ペーパーコア用シートを下方のペーパーコア用シート糊代部に接着してなるペーパーコアによる芯材の製造方法。」についての発明が記載されているが、コアを形成する材料について、引用例1には、一貫してペーパーコアと記載され、ペーパーについても具体的には「…クラフト紙等の…」(公報2頁左上欄4ないし5行目)という記載があるだけであり、本件第1発明の要件である複合シートについては記載されていないし、複合シートをコア材料として用いることが、引用例1記載の発明において自明のことであると認めることもできない。(別紙図面2参照)

したがって、本件第1発明は、引用例1記載の発明と同一ではないから、請求人のこの点の主張は採用できない。

ロ. について

引用例2には、「帯状のシートを折り曲げて形成した長辺と短辺の長さの比が概ね2対1である平行四辺形のセルを多数組合わせて成るセル構造体によって形成され、前記平行四辺形各セルはそれぞれ6個のセルと隣接しており、各セルの短辺はすべて他のセルの長辺の概ね半分の部分と隣接していることを特徴とするフラッシュパネル複合体の芯材。」(昭和52年11月30日付け全文訂正明細書の特許請求の範囲1項)が記載され、各セルの全周辺長の2/3が接着処理されていることも記載されている(同公報2頁左下欄16行ないし18行参照)。

本件第1発明と引用例2記載の発明とを比較すると、本件第1発明が各セルの各辺の概ね1/2を接着しているのに対して、引用例2記載の発明では各セルの全周辺の2/3を接着処理している点で相違していることが認められる。

請求人は、この点について、一部の構成を単に省略しただけであって、その省略によってもたらされる効果も格別なものではないと主張しているが、このような接着構造の相違は、本件第1発明のセル構造が「概ね等角等辺の山形に屈曲させた同一形状の多数の複合シートを並列しかつ相互に接着して」得られるものであるのに対して、引用例2記載の発明のものは、帯状のシートが、全幅を互いに平行な4本の折目によって5等分されるシートを該シートの全幅の2/5づつの幅で互いに該シートの側縁からずらして複数重ね把持して重合したものであり、この帯状のシートの片面または両面の全面にわたって接着剤を塗布し、その後この帯状のシートを一枚おきに裏返して互いに水平方向に該シートの全幅の1/5づつの幅でずらして該帯状のシートの上下面で互いに接着結合させて得たもの(公報3頁右上欄3行ないし左下欄4行、出願当初の特許請求の範囲1項参照)であることに基づくものである。そして、本件第1発明の、各セルの概ね1/2が接着されたセル構造が、引用例2記載の発明には示唆されていないことは明らかであり、しかも、本件第1発明の芯材は、そのセル構造に基づいて、製造効率が優れているという格別な効果を有するものと認められるから、仮に、引用例3ないし9によって、本件第1発明における複合シートの材質が本件第1発明の出願前に周知であったとしても、本件第1発明は、当業者が容易に発明し得たものであるということはできない。

したがって、請求人のこの点の主張も採用できない。

ハ. について

特許発明を具体的に実施するためには、発明の詳細な説明の項を参酌し、技術常識に従って行うのが当然のことである以上、本件第1発明における複合シートがアルミ板やラワン板合板であれば、発明の詳細な説明の項に説明されているとおり、折り曲げるためにノッチを刻設したり、必要に応じて接着テープ等で補強したりすることは、技術常識に従って当然のことと認められるから、この点が特許請求の範囲に記載されていないからといって、特許請求の範囲の記載に不備があるということはできない。

したがって、この点の請求人の主張も採用できない。

〈4〉  以上のとおりであるから、請求人が主張する理由及び提出した証拠方法によっては、本件第1発明を無効とすることはできない。

4  審決の取消事由

審決の認定判断のうち、前項(1)、(2)〈1〉、〈2〉は認め、〈3〉イ.のうち、本件第1発明と引用例1記載の発明との間に審決の指摘するような表現上の相違があることは認めるが、イ.のその余は争い、〈4〉は争う。

審決は、引用例1記載の発明の出願時における当業者の技術常識を看過した結果、「クラフト紙等の丈夫な…紙」(甲第3号証、2頁左上欄4行ないし5行)の技術的意義を誤るとともに、本件第1発明の「複合シート」の技術的意義を誤り、このため本件第1発明は引用例1記載の発明と同一でないとの誤った結論を導いたものであり、違法として取り消されるべきである。

(1)  審決は、本件第1発明と引用例1記載の発明とを対比して、引用例1には、ペーパーコアによる芯材の製造方法が記載されているが、コアを形成する材料については一貫してペーパーコアと記載され、ペーパーについても具体的には「…クラフト紙等の…」という記載があるだけであり、本件第1発明の要件である「複合シート」については記載されていないし、「複合シート」をコア材料として用いることが、引用例1記載の発明において自明のことであると認めることもできないから、本件第1発明は引用例1記載の発明と同一ではない、としている。

しかし、引用例1記載の発明のサンドイッチ構造における芯材の材質については、出願時における当業者の以下のような技術常識をふまえたうえで判断しなければならない。

イ. すなわち、引用例9は、本件第1発明と同じくサンドイッチ構造に関するものであり、しかも、本件発明の出願時の約23年も前のものであるが、これには、同一技術分野において、段ボールを原料として波状網目状構成体を作り、蜂の巣状の構造と成した芯材の技術的思想が記載されている。(別紙図面3参照)

このように、本件発明の出願時の約23年前から段ボールは芯材の材質として使用されてきたのであって、日進月歩のこの分野において、約23年という年数が相当な長期間であることを考えれば、芯材の材質に段ボールを使用することは技術常識であったと考えるのが自然である。

ロ また、引用例3も、同じくサンドイッチ構造に関するものであり、しかも、本件発明の出願時の約10年も前に、同一技術分野において出願されたものであるが、これには、「芯材としては撥水性を有する樹脂含浸のクラット紙又は金属、合成樹脂材の外ボール紙その他の紙質の質材も広く採用することができ、」(甲第5号証、5欄7行ないし9行)、「金網材に対して合成樹脂質又は紙質を添着したもの、合成樹脂板と紙質板又は箔片板の金属乃至経木状木材質の如きが併用された場合、或いは布片状に織成又は編成された繊維質の布帛類を採用して紙質又は合成樹脂膜片の如きを層着したその他が適宜に採用され得る。」(9欄3行ないし9行)と記載されており、これからすると、サンドイッチ構造における芯材の材質として、あらゆる種類の材質のシート材を多層状にすることは技術常識であったと判断される。(別紙図面4参照)

ハ. しかも、「段ボール」は、日本国内において1909年に誕生して以来、あらゆる分野に使用されてきており、その形態としては、波形のしわ(フルート)をつけた紙の片側かあるいは両側に比較的厚い紙を貼り合わせたものであることは、当業者でなくても常識となっている。したがって、本件発明の出願時において、芯材の材料としての「段ボール」が「紙」の概念に包含されていたことは明らかである。

(2)  一方、本件第1発明における「複合シート」については、その発明の詳細な説明に、「複合シートが波形断面の厚板と該厚板の片側に接着された薄板との2層から成る場合のコアである。」(甲第2号証、6欄29行ないし31行)と記載されており、このような「複合シート」とは、上記技術常識を踏まえて判断すれば、波形のしわ(フルート)をつけた紙の片側に比較的厚い紙を貼り合わせた片面段ボールそのものである。

(3)  以上により、引用例1記載の発明における「クラフト紙等の丈夫な紙」が「段ボール」であることは本件発明の出願時の技術常識から判断して自明の事項であり、しかも、本件第1発明における「複合シート」は「片面段ボール」であることも寸疑の余地はない。

また、引用例1記載の発明における「クラフト紙等の丈夫な紙」を段ボールである「複合シート」に変更しても、本件第1発明と引用例1記載の発明とは、ともにサンドイッチ構造に使用する芯材であることにより、本件発明における効果として記載されている「面材との接着面積が大きいのでフラッシュパネル全体の強度が増大する。」に格別の意味は生じなく、相違は技術的に微差と認められる。

(4)  そもそも「シート」とは、「段ボール用語辞典」(甲6号証)によっても明らかなとおり、段ボール業界においては「段ボール」と同意である。そして、引用例9からも明らかなとおり、段ボールは、芯材、すなわち、ペーパーコア用シートとして慣用されている材料である。

さらに、被告の出願に係る平成5年特許出願公告第45415号公報には、「波板状シートは、…ダンボール用紙のごとき、…クラフト紙」(甲第7号証、5欄18行ないし24行)と記載されており、「シート」の概念が段ボール用紙であるとの原告の主張と一致する。

(5)  被告は、種々反論するが、原告は、本件第1発明の「複合シート」と「クラフト紙」が同じ概念であると主張しているのではなく、「複合シート」が「クラフト紙等の丈夫な紙」の「紙」に含まれると主張しているのである。

そもそも、「紙」の概念には種々のものがあり、「商品大辞典」(甲第8号証)によると、「紙」の一種である「プレスボード」として「…湿紙を重ね合わせて加圧して製造する」と、「化粧板厚紙」として「最下層として…クラフト紙、中間層として…セルロース紙、オーバレイ用として…の紙の3種からなる」と記載されているように、本件第1発明の「複合シート」より広い積層体の技術手段が開示されている。

このように、本件第1発明の「複合シート」は、「紙」の概念に含まれるから、「複合シート」をコア材料として用いることは、引用例1においても明らかである。

(6)  したがって、審決が「複合シートをコア材料として用いることが、引用例1記載の発明において自明のことであると認めることもできない。」とした判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の主張

1  請求の原因1ないし3は認める、同4は争う。審決の認定判断は正当であり、原告の主張は理由がない。

2(1)  原告は、引用例1に記載されている「クラフト紙等の丈夫な紙」が段ボールであるとの主張をしているが、「クラフト紙等の丈夫な紙」が段ボールであるというような技術常識はなく、その主張は失当である。

イ. 引用例9には、段ボールを波状網目状構成体としてこれを芯として表裏にベニヤ板を貼り合わせて成る「特殊な合板」が開示されているだけである。また、従来の芯材は、単一のシートを折り曲げて形成したものが一般的である。(甲第4号証、5欄23行ないし25行)段ボールをペーパーコア用シートとして使用するためには、コアの形状等解決しなければならない課題が多く存在したのである。引用例9をもって、段ボールがペーパーコア用シートとして慣用されている材料であるということには全くならない。まして、引用例1記載の発明の「クラフト紙等の丈夫な紙」に段ボールが含まれるという根拠にはならない。

ロ. 引用例3には、「クラフト紙その他の紙」「クラフト紙等の紙」という記載はある。すなわち、「各単片は特に軽量性を求め又生産の容易性を得る場合には撥水加工したクラフト紙その他の紙質を採用することが好ましく、又強剛性乃至好ましい補強性を得る場合には金属系又はセメント系の素材が採用される。勿論木質系その他の部材でもよい。」(甲第5号証、8欄7行ないし12行)、「本発明における芯材としてクラフト紙等の紙質のような可撓性資材が利用されるものであることについては前述したが、金属材であってもそれが比較的薄層のものであるならば充分な可撓性を有するものであることは明白である。」(8欄41行ないし9欄2行)との記載である。しかし、ここでいう「クラフト紙その他の紙」「クラフト紙等の紙」が段ボールでないことは明白である。

ハ. 「段ボール用語辞典」は最初から段ボールを前提としたものであるから、そこに「シート」が「段ボール」と同意であるという記載があっても、2つの言葉が即同意ということにはならない。

また、被告出願にかかる平成5年特許出願公告第45415号公報に基づく主張も、その引用は極めて不正確である。同明細書には、「波板状シートは、前述のように、ダンボール用紙のごとき、可撓性を有する材料から形成されている。また、波板状シートの材料としては、アルミニユウム用の金属箔、ブナ材等の木質単板、あるいはラワン材等の木質単板とクラフト紙あるいは樹脂フィルムから成る複合板、又は、材料を用いることができる。」(甲第7号証、5欄18行ないし24行)と記載されている。これについての原告の主張も、段ボールを製造するために使用される紙である「段ボール用紙」と「段ボール」を混同している。上記の記載からは、引用例1記載の「クラフト紙等の丈夫な紙」に段ボールが含まれるということには全くならない。

(2)  原告は、本件第1発明における「複合シート」は、「片面段ボール」のことであるとの主張をしているが、甚だしい曲解である。本件明細書の記載から明らかなように、「複合シート」とは、単に「複数の板材が層をなして接着されかつ一定の厚みを有する複合シート」(甲第2号証、5欄19行ないし21行)のことをいう。段ボールは「複合シート」に含まれるが、「複合シート」は段ボールに限られないし、まして、「片面段ボール」のみを意味するものでもない。

(3)  本件第1発明では複合シートを使用することにより、従来の単一シートを芯材とするものに比して強度を増大させるという特有の効果を奏する。

一方、引用例1には、単一シートを使用することしか開示されていないのであって、段ボールを含め複合シートを使用することについては何らの開示もない。

このことは、以下のことから明らかである。

イ. 引用例1記載の発明の「クラフト紙等の丈夫な紙」は、クラフト紙に類する紙のことである。単一シートであるクラフト紙と全く異なる複合シートは、クラフト紙に類するものではない。

ロ. 引用例1の第3図、第4図をみても、単一シートが示されている。

ハ. 引用例1には、「従来の六角形のハニカム構造紙は伸縮自在ではあるが、使用時に伸張させたとき両端を支持させ引張っていない限り縮少し六角形のコアは復元し板状になるため例えば建築用パネルの芯材として使用するとき甚だ厄介であって予じめ伸張状態に保持させるため蒸気を与えたりして使前するに先立って前処理をせざるを得なかった。しかるに本発明による芯材は菱形状のコアが形成され、伸張させた後両端を支持したり、あるいは蒸気を与えた後乾燥させたりする前処理を一切必要としない。」(甲第3号証、2頁右下欄7行ないし3頁左上欄1行)という記載がある。しかし、段ボールは、蒸気を与えると接着に用いられているデンプン糊がはがれたりするので、蒸気を与えるというような前処理は行われないから、引用例1記載の発明は、単一シートを前提としているものである。

ニ. 引用例1には、上記に続いて、「その上製造方法は折目と糊代部を設けたシートに他のシートを接着させるだけでよいから楽に実施でき、また従来品に比較的して抗圧力、重量について夫々何らの見劣りもない。」(3頁左上欄10行ないし13行)という記載もあるから、引用例1のペーパーコア用シートが従来品と同様に単一シートであることは明らかである。というのは、シートの材料が段ボールであれば、抗圧力、重量とも単一シートと全く異なることになって、このような説明にならない。すなわち、この説明は、コアの形状を菱形にして従来の単一シートで造ったハニカム構造の欠点を除去したが、抗圧力、重量については従来品と変わらないということだからである。

第4  証拠関係

証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本件第1発明の要旨)、同3(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

第2  そこで、原告主張の審決の取消事由について判断する。

1  甲第2号証(昭和56年特許出願公告第31258号公報)によれば、本件発明の明細書には、本件第1発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。

(1)  本件第1発明は、フラッシュパネル複合体の芯材、特に複数の板材が層をなして接着されかつ一定の厚みを有する複合シートから構成される芯材に関する。(2欄36行ないし3欄3行)

(2)  宇宙航空機材から家庭用品に至るまで広く用いられているフラッシュパネル複合体には、各種材質による芯材が接合されている。一般に、このようなフラッシュパネル複合体に用いられる芯材は、アルミ、FRP、クラフト紙等のシート材より作られた無数の中空セル(単位区画体)から構成される。

これら芯材は、その施工に関し、現場での接合作業の直前まで折り畳んだままの状態で運び、使用時に始めて展張して展張パネルとするタイプと、芯材の製造時点で既に展張して展張パネルとするタイプとに大別されるが、コンパクト性及び経済性からして明らかに前者の方が優れている。

そして、フラッシュパネル複合体とは、壁面を構成する比較的薄手の2枚の面材の間に、ハニカム等を代表とする芯材からなる展張パネルを接着介在させて、いわゆるサンドイッチ構造としたものである。この製造工程における面材と展張パネルの接着工程において、従来のハニカム等を代表とする芯材からなる展張パネルは、少なからぬ復元性、すなわち展張前の折り畳んだ状態に戻ろうとする性質を有しているために、作業能率を低下させていた。特に、この傾向は、施工設備のない現場では大きく、現場においてフラッシュパネル複合体を組立製造しようとすると、展張パネルを接着結合してサンドイッチ構造とするために、面材との接着工程毎に展張パネルを所定の展張状態に把持せねばならず、作業員の負担が増えていた。

また、従来の紙シートから構成される芯材は、耐水性及び圧縮強度の増加を図るために、紙シート材にフェノール樹脂、フッ素樹脂等の合成樹脂を含浸させて芯材の補強を図っていた。(3欄4行ないし4欄18行)

(3)  本件第1発明は、現場における展張が容易であり、一旦展張された後は、この展張パネルがその展張状態を良好に保持し得るような新規な構成を有し、かっ、従来の含浸工程を省略して、生産性の向上を計り得る芯材を提供することを目的とし、要旨記載の構成(1欄17行ないし24行)を採用した。(4欄8行ないし20行)

(4)  本件第1発明の芯材は、複数の板材が層をなして接着され、かつ、一定の厚みを有する複合シートを用いているので、コアとしての十分な強度が確保されるとともに、面材との接着面積が大きいのでフラッシュパネル全体の強度が増大する。

さらに、従来の芯材は、単一のシートを折り曲げて形成したものが一般的であり、たとえばハニカムにあっては、6角形状の単位セルの6辺のうちの接着処理を受けない4辺を含浸によって補強することが行なわれていたが、本件第1発明の芯材は、かかる含浸処理を必要としない。(5欄19行ないし29行)

以上のように、本件第1発明によって得られる芯材は、十分な強度を有するとともに、現場における展張が容易であり、かつ、一旦展張された後はその展張状態を良好に保持することができ、さらに、展張の度合いによって縦横方向の剪断強度の比率を変化させることができる等の優れた特質を有するものであり、産業の発達に寄与するところが極めて大きい。(8欄41行ないし9欄4行)

2(1)  原告は、「複合シートをコア材料として用いることが、引用例1記載の発明において自明のことであると認めることもできない。」との審決の判断は誤りである旨主張する。

(2)  本件第1発明において芯材(コア材)に用いられる複合シートについては、本件第1発明の特許請求の範囲に、その材質及び構成を特定する記載はなく、また、発明の詳細な説明に、本件第1発明は複数の板材が層をなして接着されかつ一定の厚みを有する複合シートから構成される芯材に関する旨記載されていることは前記1(1)(3)認定のとおりである。したがって、本件第1発明における複合シートは、上記の複合シートをすべて含むことは明らかである。そして、段ボールがここにいう「複合シート」に含まれることは、当事者間に争いがない。そこで、

引用例1記載の発明において、本件第1発明にいう複合シートをコア材料として用いることが自明であるかについて検討する。

成立に争いのない甲第3号証(昭和54年特許出願公開第17983号公報)によれば、引用例1記載の発明は、名称を「ペーパーコアによる芯材の製造方法」(1頁左下欄3行)とする発明に関するものであり、その特許請求の範囲は、「(1)一定の間隔により平行な折目を多数本設け、多数本の折目のうち一本置きの折目の一側に折目に沿って糊代部を形成してなるペーパーコア用シートを多数枚設け、第1枚目のペーパーコア用シートの糊代部に接着材を塗布し、第2枚目のペーパーコア用シートの多数本の折目のうち一本置きの折目を第1枚目のペーパーコア用シートの糊代部側の折目に対して糊代部の幅の分だけ一側にかつ平行に位置をずらして第2枚目のペーパーコア用シートの糊代部に接着し、以下上記の工程により第3枚目以上のペーパーコア用シートを下方のペーパーコア用シートの糊代部に接着してなるペーパーコアによる芯材の製造方法。(2)特許請求の範囲第1項において、多数枚のペーパーコア用シートを接着させた後、一定の幅によりペーパーコア用シートの折目と直角方向に切断してなるペーパーコアによる芯材の製造方法。(3)特許請求の範囲第2項において、ペーパーコア用シートの折目にミシン穴を多数形成してなるペーパーコアによる芯材の製造方法。」(1頁左下欄5行ないし右下欄9行)と記載され、発明の詳細な説明には、「本発明はペーパーコアによる芯材の製造方法に関する。本発明の目的は方形のコアを連続的に成形することにより、伸張させた際応力を与えない限り復元しない芯材を得ることにある。本発明の第2の目的は取扱いが簡単でかつ抗圧性に優れ、軽量な芯材を得ることにある。以下本発明の詳細を添付図面を参照して説明する。ペーパーコア用シート1として、クラフト紙等の丈夫な方形の紙を多数枚用意する。…」(1頁右下欄11行ないし2頁左上欄5行)と記載されている。

(3)  前記(2)の認定事実によれば、引用例1記載の発明はペーパーコアによる芯材に関するものであるから、本件第1発明のフラッシュパネルと対象物品を共通にするものであり、また、引用例1記載の発明においてはペーパーコア用シートとして「クラフト紙等の丈夫な方形の紙」を用いることは明らかであるが、前掲甲第3号証を精査しても、クラフト紙以外に具体的にどのようなものを用いるかについては記載がないので、複合シートを含むか否かはその記載自体からは明らかでない。そこで、さらに、その出願当時の技術水準に基づいて、当業者が引用例の上記記載事項に接した場合どのように理解するかについて検討する。

イ. 成立に争いのない甲第4号証(昭和29年特許出願公告第2200号公報)によれば、引用例9記載の発明は、名称を「特殊合板」(1頁1行)とする発明に関するものであり、その特許請求の範囲には「長片状段ボールを適宜間隔を置いて相互に結合又は接着し之を引伸して波状網目状の構成体とし之を心としてその波状網目状両端面にベニヤ板を貼り合わせて成る特殊合板」(2頁右欄3行ないし6行)と記載され、発明の詳細なる説明には、「本発明は段ボールを原料として之より波状網目状構成体を作り之を心として所謂蜂の巣状の構造となし之によって軽量且つ堅牢にして工業的経済的に製産し得る特殊合板を提供せんとするものである。」(1頁左欄17行ないし21行)、「この製品は将来航空機用のフローリング、包装箱材料、壁板、戸、組立住宅、組立ボード等の各種領域に於て賞用され得るものと信ぜられる」(1頁右欄13ないし16行)と記載されている。

上記記載事項によれば、引用例9記載の発明においては、本件第1発明や引用例1記載の発明と同じフラッシュパネルにおいて、芯材を段ボールとしたものが示されているということができる。そして、該公報が引用例1記載の発明の出願時より約23年も前に刊行されたものであることを考えれば、この記載事項は、引用例1記載の発明の出願時に、当業者に周知のことであったと認められる。

ロ. 成立に争いのない甲第5号証(昭和50年特許出願公告第24524号公報)によれば、引用例3記載の発明は、名称を「建材」(1欄1行)とする発明に関するものであり、その発明自体の特徴は、芯材に穿孔し、補強材を挿通し、この芯材の表裏に板状の表面部材を添着固定して建材とするもの(14欄42行ないし16欄11行)であるが、発明の詳細な説明には、「本発明は建材、より具体的に言うならば主としてサンドイッチ形式の建材に関するものであり、外装材又は内装材として利用されるに好ましい建材を提供すると共にそれらの新しい製造方法を提案し、軽く工場等で規格量産したものを用いて施工現場で強固且つ堅牢な構築物を得ようとするものである。」(2欄4行ないし10行)、「芯材としては撥水性を有する樹脂含浸のクラット紙又は金属、合成樹脂材の外ボール紙その他の紙質の質材も広く採用することができ、」(5欄7行ないし9行)、「各単片は特に軽量性を求め又生産の容易性を得る場合には撥水加工したクラフト紙その他の紙質を採用することが好ましく、又強剛性乃至好ましい補強性を得る場合には金属系又はセメント系の素材が採用される。勿論木質系その他の部材でもよい。」(8欄7行ないし12行)、「本発明における芯材としてクラフト紙等の紙質のような可撓性資材が利用されるものであることについては前述したが金属材であってもそれが比較的薄層のものであるならば充分な可撓性を有するものであることは明白である。合成樹脂材であってもこのことは同様である。更にそれら資材の併用されたものとして、例えば金網材に対して合成樹脂質又は紙質を添着したもの、合成樹脂板と紙質板又は箔片板の金属乃至経木状木材質の如きが併用された場合、或いは布片状に織成又は編成された繊維質の布帛類を採用して紙質又は合成樹脂膜片の如きを層着したその他が適宜に採用され得る。」(8欄41行ないし9欄9行)と記載されている。

この記載からみると、本件第1発明や引用例1記載の発明と同様のフラッシュパネル用芯材の材料として、引用例3記載の発明の出願時である昭和43年3月(上記甲第5号証により認められる。)には、既に広く各種の材料が用いられていたし、例えば、金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したものも材料として可能であると考えられていたことが認められる。

以上認定の事実からすると、引用例9記載の発明における段ボール、引用例3記載の発明における金網に紙を添着したものや、布帛に紙を装着したものは、本件第1発明における「複数の板材が層をなして接着されかつ一定の厚みを有する」という「複合シート」に相当するものということができ、そうすると、引用例1記載の発明の出願時において、本件第1発明と同じフラッシュパネル用芯材の技術分野で、その芯材を複合シートとするものは周知であったと認められる。

(4)  前記(3)の事実を前提とした場合、当業者が引用例1記載の発明をみるときに、その発明の中に「複合シート」が記載されているに等しいか否かを検討する。

引用例1記載の発明は、前記(2)認定のとおり、ペーパーコアによる芯材に関するものであり、伸張させた際応力を与えない限り復元しない芯材を得ることを目的とし、さらに、取扱いが簡単でかつ抗圧性に優れ、軽量な芯材を得ることをも目的としている。

引用例1記載の発明は、そのような技術的課題を、特有の構造を採用することにより解決しようとするものである。すなわち、前掲甲第3号証によれば、従来の6角形のハニカム構造紙は、伸縮自在であるが、伸張させたとき両端を支持させ、引っ張っていない限り6角形のコアが復元して板状となってしまい甚だ厄介であって、伸張状態を保持させるため蒸気を与えたりして前処理をせざるを得なかったが、引用例1記載の発明は、伸張させた場合は応力を与えない限り菱形状のコアは板状に復元しない構造にしたというものである(2頁右下欄7行ないし3頁左上欄1行。前記1の認定事実に照らし、この構造は本件第1発明と異ならない。)。

その際、引用例1記載の発明では、ペーパーコア用シートを多数枚用意して芯材を製造するとしており、そのペーパーコア用シートとして「クラフト紙等の丈夫な方形の紙」を多数枚用意するというものである。

この引用例1記載の発明を目的を含め全体としてみると、引用例1記載の発明は、その構造に特徴があるものであって、その材料には重点がおかれておらず、このため、材料については「クラフト紙等の丈夫な方形の紙を多数枚用意する」との記載があるのみであるが、この部分は、文面上図面を参照しての製造方法の説明部分にすぎないことが認められる。そうすると、「クラフト紙等の丈夫な方形の紙」というのは、単にシートとして例示しているにすぎないものと解釈すべきであり、引用例1記載の発明のペーパーコア用シートは、「クラフト紙等の丈夫な方形の紙」のことである、あるいは、「クラフト紙と同程度の丈夫さを有する方形の紙」に限るというように限定して解釈すべきであるとすることはできない。

したがって、引用例1記載の発明においては、当業者がこれをみた場合、その材料として、「クラフト紙等の丈夫な方形の紙」を1例とするような、従来のこの分野、すなわち、ペーパーコアの芯材の分野で材料として慣用されているシート材を、自ずから想起するというべきである。

しかも、引用例1記載の発明は、芯材が抗圧性を有することも目的の1つとしているから、前記(3)認定のとおり、フラッシュパネル用芯材として周知であって、抗圧性の点でも有利であることが自明である「複合シート」について、当業者は、引用例1記載の発明の材料として当然これを用いることができると理解するというべきである。

(5)  被告は、引用例1は単一シートのみ開示しており、また、引用例1には、蒸気処理を与えることが記載されているが、段ボールであれば蒸気処理はできないから、引用例1記載の発明は段ボールを前提としていない旨主張する。しかし、前掲甲第3号証によれば、被告の主張する蒸気処理についての記載個所(2頁右下欄7行ないし3頁左上欄1行)は、引用例1記載の発明についての従来技術の欠点と、これを解決した技術的意義を説明する箇所であり、従来の構造では芯材が復元してしまう問題があるため、伸長状態を保持しようとして蒸気処理のような前処理をしなければならなかったのに対し、引用例1記載の発明は、特殊の構造を採用することによりこの問題を解決したことを説明したものであるから、その材料を考えるうえで、蒸気処理が可能な材料であるかを念頭に置く必要はなく、被告の主張は理由がない。

また、被告は、引用例1記載の発明は、効果の点からしても単一シートしか前提としていない旨主張するが、前掲甲第3号証を検討しても、被告引用の個所(3頁左上欄10行ないし13行)から引用例1記載の発明が複合シートを芯材として用いることを排除しているとは認められない。引用例1記載の発明も抗圧性に優れた芯材を得ることを目的、効果の1つとしていることは、前記(2)認定のとおりであり、その製造方法において複合シートを芯材とすれば単一シートより強度の点で優れた効果を得られこそすれ、抗圧性、重量について従来品と比較して見劣りしないという引用例1記載の発明の効果は何ら変わるものではないから、被告の上記主張も理由がない。

(6)  そうすると、引用例1記載の発明は、芯材として、複合シートを用いることが技術的に自明であるというべきである。

3  したがって、「複合シートをコア材料として用いることが、引用例1記載の発明において自明のことであると認めることもできない。」とした審決の判断は誤りであり、この誤りは、本件第1発明と引用例1記載の発明は同一ではないとした審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、審決は、違法として取消を免れない。

第3  よって、原告の本訴請求は理由があるので、これを認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 関野杜滋子 裁判官 持本健司)

別紙図面1

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別紙図面2

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別紙図面3

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別紙図面4

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